2011年07月07日

めだかの学校の歌詞が差別だって

最近の音楽の教科書は昔の唱歌が少なくなって、
親世代が知ってる曲をまったく子どもがきいた事が無いというような事が起こってる。


先日、「めだかの学校」が外された理由として
差別的な表現が含んだいるから」ということを聞いた。
同じメダカを先生と生徒に分けているのが差別ということらしい


「。。。。」



いや、いろんな考えの人がいても良いと思う。


だけど、問題はそれが音楽の教科書に載せる曲選定を行う人の
大多数の意見だったからそうなったのだろうということ。


普通の人はこの歌詞を見ても
差別とも区別とさえ思わないと思う。

小川の中を泳ぐメダカをみて、
それを友達どうしだろうか、親子どうしだろうか、それとも先生と生徒だろうか
と子どもが感じるのは純粋な感性の発露じゃないかな。



もし、我々の知らないうちに、
本当にそんな戯けた理由で選曲が行われているなら、
ちょっと問題にしなくてはいけないと思う。



めだかの学校
作詞 茶木滋
作曲 中田喜直
唄 童謡


①メダカの学校は 川のなか
 そっと覗いて みてごらん
 そっと覗いて みてごらん 
 みんなで おゆうぎ しているよ

②メダカの学校の メダカたち
 だれが生徒か 先生か
 だれが生徒か 先生か
 みんなで げんきに あそんでる

③メダカの学校は うれしそう
 みずに ながれて つーいつい
 みずに ながれて つーいつい
 みんなが そろって つーいつい




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Posted by H.B.S. at 09:12│Comments(6)教育、共育、協育
この記事へのコメント
はじめまして。ちょくちょくお邪魔しています。
いもむしです。
ホントになんだか残念ですよね。
「めだかの学校」を作った方もそんな気持ちで作ってないだろうに・・・
歌詞を見ても、ほほえましい光景しか目に浮かびません。
Posted by いもむしいもむし at 2011年07月07日 09:57
いもむしさん こんにちは。

そうですよね。
同和教育も良いけど、行きすぎるとかえっておかしなことになるんですけどね。(^^ゞ
Posted by H.B.S.H.B.S. at 2011年07月07日 11:00
びっくりしました
想像力を無くしたいのでしょうか?
社会に遊びというか余裕が無いのは家庭内に精神的余裕が無いからでしょうか?
兎に角残念です
Posted by kihalu at 2011年07月07日 11:58
kihaluさん こんにちは

社会や家庭の余裕も無くなったと思います。
それと、何か意図的なことも感じてしまいます。
(~_~;)

また 見に来て下さいね。
Posted by 林 昌治 at 2011年07月08日 15:17
おはようございます。

「めだかの学校」の歌詞あれこれに、びっくりです\(◎o◎)/!

大人達(見た目)が、「そうですね、差別ですね。」と議論したのかと思うと・・・

ハッと思いました。

リアルに起こる子供達の変化を察知出来ず、大きな問題にしてしまうのは・・・

やはり大人だったか・・・

そこ見てるから、ここ(現場)見えないのよ。

とも思ってしまいました。
Posted by もや at 2011年07月09日 09:46
もやさん こんにちは

いろいろな事を決める人たちと、
子ども達の距離。

近かったはずなのに、現場を離れると、それ以上にかなり離れますよね。
(~_~;)



私は、、決める人たちと、子ども達、両方に驚かされたりしてます。
(汗)

両方とも変化してるぅぅ。(@_@)
Posted by H.B.S.H.B.S. at 2011年07月10日 11:49
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