2012年02月12日

寝言は寝られる家があってこそ言える

失った国を取り戻そうとする人々
流浪の民族

「ピースの多いパズル」
(ピースが余るのでパズルは絶対完成しない)
と言われる中東問題を見れば

国が無くなるという事がどんなことか誰でも理解できると思う。
(というか、学校ではそこを勉強させろよ)


だから、右でも左でも、国を崩す行為は許されない


国旗、国歌の強要が国の為に死ね。ということに繋がるなら
それは許されないし、

逆に、国旗、国歌を認めない事で、自分達の国に自信を持たせない、
贖罪ばかりの教育をするなら、それも許されない。

どちらも国を崩す



子どもが、まあ寝言で、
自分を守り、育ててくれている両親に、
「パパ、ママも嫌い。家なんか大嫌い。」というのは
成長過程ではあることかもしれないし、あっても問題ないけど。


実際に家に火をつけるなら


子どもは翌日からそれ(寝言)を言えなくなる。


寝れる(安全)な家が無くなってしまっていては。





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Posted by H.B.S. at 09:13│Comments(0)国際関係
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